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oneichanmemo

住む食う寝るに、見る書くヲタク

くりぃむしちゅーANNが一夜だけ復活した

当時のわたしはこっそりとこのラジオを聞いていた。下ネタ満載(しかも小学生レベル)のこのラジオを聞いていることを、わたしは中高生の時は誰にも言わなかった。なぜならば、わたしは基本的に下ネタが嫌いだからである。嫌いと言うより、シャイガールなのでそういうことを言う必要性もわからなかったし、それでげらげら笑うのは恥ずかしいなと思っていた。

わたしはどちらかと言うと内向的な人間なので、こっそりとこのラジオを聞いてくすくす笑うことが幸せだった。一人きりで聞くから面白くて、一人きりで聞くからどんなことでも笑うことに躊躇いがなかった。家族や友達と共有しなくても全然平気だった。

 

知ってる?24時からくりぃむのANNになる時もすごく悲しかったけど、くりぃむのANNが終わると知った時は、これからわたしはどうやって生きて行けばいいんだろうと頭を抱えた。

 

同級生も、家族も、わたしがこのラジオでくすくすと笑っていることを知らない。わたししか知らない。それが心地よかったのかもしれない。誰の目も気にせずに笑えることが心地よかった。

 

でも、まあ、番組と言うのはいつか終わるわけで。番組は終わり、上田さんをテレビで見るたびに「メディア王だなァ」とぼんやり思っていた。有田さんが「まいったね」と言うたびに自分が知っている(つもりになっていた)有田さんを見つけたような気になっていた。

そして、終わってからようやく、わたしは実はリスナーだったんだ、と他の人に言うようになっていた。そうしたら、自分と仲の良い人もリスナーだったり、あれあなたもリスナーだったの?! と見つけるようになった。姉にも「実はくりぃむのラジオが面白くて・・・」と告白した。

それでも、いまだにわたしはくりぃむのラジオのpodcastを聞き続けていた。直近で言えば、めいみちゃんの卒業で病んでた時もずっと聞いていた。夜行バスに乗る時は大抵聞いていた。ネイルを塗る時も聞いていたし、通勤途中にも聞いていた。次に何を言うか、全部覚えるくらいに聞いていた。

 

友だちからLINEで「くりぃむのANNやるよ」と言われて、夢なんじゃないかと思った。始まる前は、もはや始まったらまた終わってしまうので始まってほしくないとすら思った。戦う前から負けること考える馬鹿いるかよ。ここにいた。

そして、時報の後に、「まいったね」と始まったことに、感動した。

スペシャルというよりも160回目が始まっただけだった。耳に馴染んだ話が、新しい言葉で語られていた。名前をはっきり覚えているハガキ職人さん達のネタにげらげら笑った。

でも、夢で逢えたらを有田さんが歌い始めた瞬間に、もう、これをエモいと言わずになんと呼ぶのだ、という気持ちに陥った。

 

過去は良かったなんて言いたくないし、今のラジオもすごく面白い。

でも、わたしが誰にも秘密でくすくすと笑っていた番組は、ここにあったんだと思いだした。わたしを支えてくれていた番組だとわかっていたけど改めて気付いた。やっぱりすごく好きで、いつ聞いても面白くて、わたしも精神を安定させてくれていた。投稿もしてなかったし、単なるリスナーだったけど、わたしにとって大切な番組だった。

 

久し振りにメールで送られてきたゴミメガネの待ち受け画像を見ました。

もう良い大人なのに、笑ってしまった。

 

 

 

くりぃむしちゅーのお二人、有難うございました。

あったかくして寝ろよ~

僕から以上。