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oneichanmemo

住む食う寝るに、見る書くヲタク

℃-uteの本音座間

いろいろと衝撃的すぎて、しばらくは放心してしまった。アイドルのライブで立ち尽くしてしまうのはれいな卒発表時の中野が直近だと思うんだけど、それ以来の衝撃だった。

 

アイドルがなぜ変わってしまうのか、という命題はわたしに一生ついて回る。たぶん、アイドルに限らず、なにもかもは変わっていってしまう。そしてわたしも恐らくなにかしら変わっている。許せたものが許せなくなり、好きになれなかったものが好きになる。

だけど、戻りたいって久し振りに思った。2年前に戻りたい。

 

前半、「心の叫びを歌にしてみた」を聴いたときに、なんて切ないグループなんだと思った。このメロディでこんなにも心が苦しくなる表現ができる。この一瞬を共有していて、でもこの一瞬しか共有できないような、そういった類のせつなさがあった。

そして、途中の椅子を使ったパフォーマンスの前あたりから、茫然としてしまった。

歌もダンスもすごくうまくなっていたからこそ、ああなんて切ないグループなんだろうって思った。懸命にやればやるほど、せつなくなってしまう。いろんなものを任されてやるしかないってなっている姿も、ある程度を自由にできる姿も、なぜかとても切ない。

 

変わらないアイドルなんてないし、変わらなかったらたぶん好きになってない。

そうなんだけど、自分が思っていたものと結び付けるのに時間がかかった。

ショーとして観れるもの、というまでには彼女たちに女性を感じなくて、それでもしっかり女を感じた。女になることが悪いことなわけじゃない。自分のエゴでしかない。だけどやっぱり苦しい。なんで、これをやらなければいけないのだろうか、とひとしきり考えてしまった。

 

ヲタクはとても頼もしかった。盛り上がるところはしっかりと盛り上がっていた。

Team-℃-uteなんて揶揄されるしやっぱりそういう人たちを見てきたけれど、それでもやっぱり℃ヲタはすごい。おっさんヲタクや古参がすべてとは言いませんが、その人たちがしっかりと支えてくれていると感じた。

 

パシフィコが楽しみなようで怖いようでもある。

やっぱりショックを受けてしまうのかどうなのか。

 

 


℃-ute 『心の叫びを歌にしてみた』(℃-ute[A Song from my Cying Heart ...

 

だけど、この曲はやっぱりたまらなく好き。