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oneichanmemo

住む食う寝るに、見る書くヲタク

やまぐちのよるに

「センターになりたかった。だけど一番にはなれなかった。いつでも上がいた」
この言葉を聞いたとき、そんなことないよ、わたしにとってはさゆちゃんがセンターだよ、なんてことを思ったけれど、違うんだ、そういうことじゃないんだ、ってすぐに思った。
さゆヲタがさゆちゃんを一番に思ってるなんてことはさゆちゃんだってわかっているし、それにわたしは幸せです、とさゆちゃんが明言してるんだから、そんなことじゃない。

あの時、がつんとわたしがショックだったことは、わたしがそれを忘れてたことなんだ。

さゆちゃんだけじゃなくて、女の子は誰だって自分が一番になりたいに決まってる。さゆちゃんは戦いを挑んだ結果、負けを感じて、諦めて、そして今の場所にいるんだ。誰だってセンターになりたいって思ってるに決まってる。あの日の夜、ヲタ友と話しているときに「さゆちゃんは高橋愛になりたかったんだ」と言ったけれど、さゆちゃんは高橋愛にはなれなかったのだ。
今、さゆちゃんが世間的に評価されていることはすごく喜ばしいことだけれど、そして過去の嫌われランキングの話は美談にすら使われてしまうけど、あの頃はほんとうにつらかったんだ。それをすっかり忘れていた自分が恥ずかしくなった。
知ってたのに。わかってたのに。
なんでわたしは、今の今まで忘れていたの。

さゆちゃんは自分が戦える武器を探してそして今のところに落ち着いたんだよね。
嫉妬深くて愛情が深くて貪欲で、そういうさゆちゃんもすべてひっくるめて、結局わたしはまたさゆちゃんにこう思う。愛してる。

きっと、わたしがさゆちゃんがモーニング娘。として歌う「歩いてる」を見るのは最後だった。そう思ったら、涙が止まらなくなった。あの素敵な空間がずっと続けばいいと思った。ヲタ友の肩を借りてむせび泣いた。終わっちゃった、終わっちゃったよう、と泣き続けた。
「この時が永遠と続けばいい、時間が止まればいい」と、わたしたちの前から去ってしまうのを決めたのはあなたなのに、そんなこと言わないで、と過去に思ったことがある。あの歌は全然すきじゃなくて、ずるいよって思ってた。だけど、今ならわかる。幸せだから止まってほしいし、でも止まるわけもなく、最後を決めたのはあなたではなく、わたしたちなのだと。だから、止まればいいと思うんだと。

好きとごめんなさいが一緒に融けていって、生まれる結論は愛してるになる。アイドルは神様じゃない。天使でもない。一人の人間なんだ。わかっていたことにまた気付く。

こう気付いたって、わたしはまたわたしの心の中にさゆちゃんを作ってしまう。こうなんじゃないか?って思ってしまう。それを繰りして、そしていつでも結論は愛してるになるんだなって思った。そんな山口の夜。幸せで楽しくって切なくて、もうこんな時間は来ないんだと思った夜でした。